第24回 「ずいぶんと手際がいいな。大したもんだ」
お嬢様ということなので、料理はまったく出来ないものだと思っていた恒河はセツナの慣れた手つきに驚く。
「ありがとうございます。あちらでは結構料理を作る機会があったので……」
「ああ、そうなんだ。領主の娘っていうからてっきりお手伝いさんとかがやってるものかと思ってたよ」
作り話でよく見る、城にたくさんのメイドがいる光景を思い出しながら口にする。
「ええ、基本的にはメイドたちがやるんですが、人の上に立つ者は最低限一人で暮らして困らないような知識と技能は持っていなければならないという父の教えで家事とかは一通り仕込まれているんです。父はよく『人の上に立つことと人の上に胡坐をかくことは同じではないというのを努々忘れるな』なんて言ってましたね」
もう戻ることのできない日々を思い返すようにセツナは言う。表情も声も明るいがさびしそうな気配を感じる言葉だった。当然と言えば当然だが、最も元の世界に戻れる可能性があった方法が失敗してすぐに立ち直れるはずがない。それでも一見平気そうに見せることができるのは『人の上に立つ』ための教育の賜物なのだろう。
大したものだと恒河は思う。そしてなにかフォローすべきではないかとも思った。しかし、それには迷いが存在する。自分が誰かを慰めるといったシチュエーションに慣れておらず、碌なフォローが出来ないという情けない理由もあったが、なにより慰めの言葉をかけることによってセツナの矜持を傷つけてしまうのではないかというおそれがあった。『人の上に立つ』人間が集まっている13組に所属しており、そういった人々のことをよく知っている恒河は彼らが自分の弱さを見られることをどれほど嫌っているか知っていた。
「なるほど、立派なお父さんだね。うちのクソ親父とは天と地の差だよ。」
あいつは相当困った奴でなと恒河は父親の数々の笑い話を話し始める。
フォローができない恒河にとって、セツナの暗い気分を吹き飛ばすために思いついた唯一の作戦だった。そしてこの作戦は成功し、セツナは自然な笑いを浮かべる。
父親をまったく尊敬できない恒河であったが、このときだけは感謝したい気持ちになった。そして恒河とセツナは他愛もない話をしながら夕食を作っていく。
今日の夕食は肉じゃがだった。セツナも肉じゃがを知っていたようで、しかも、向こうの世界でも『肉じゃが』という名前らしい。中々にすごい偶然だと恒河は思ったが、考えてもみれば肉とジャガイモを使った料理なのだから、『肉じゃが』という名前になるのは自然な流れでそこまで意外でもないなと自分の中で納得した。
肉じゃがを飯台に移し、恒河とセツナは食卓を囲う。
恒河は思う。あと何回こうやって食卓を囲むことになるのだろうと。そして、その回数は多い方がいいのか少ない方がいいのかどちらなのだろう?
少ない方がいい。当然だ。セツナを早く元の世界に戻さなければならない。恒河だってわかっていた。しかし、本当にそれを望んでいるのか?このまま元の世界に戻る方法が見つからなければいいと思ってはいないだろうか?
この問いを今ならまだ否定はできる。だから、早く見つけなければならない。セツナのいない生活に耐えられる間に。そうしなければ、自分を人として許せなくなってしまう。
「早く元の世界に戻れる方法が見つかるといいな」
そう呟いた言葉はセツナに向かって言ったのか自分に言い聞かせたのか、恒河自身にもわからなかった。
いやー、申し訳ない!中間テストやら大掃除やらで遅くなってしまった。まさか一か月もかかるとは思ってなかったけど……
次からはもっと早くあげれるようにがんばるよ。
【2011/12/28 03:13】
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